「今日は随分と坊ちゃんを誘惑する相手が多かったですね」
ナイティに着替えさせ、紅茶を手渡しながらセバスチャンはワザとらしいため息を吐きながら言う。
全く。ため息を吐きたいのはこちらの方だ。
「一体あいつらは何が目的だったんだ」
「目的などではなく、ただの同情でしょうね」
「苛立つ奴らだ」
カップに注がれた紅茶を見つめる。
そこに映るのは。
「可哀相な子供」
「何?」
「あの方たちの瞳には、そのようにしか映らないのでしょう」
セバスチャンは膝を折り、シエルと同じ目線の高さに合わせる。
「勘違いも甚だしいですね。貴方はこんなにも高貴でプライドの高い、純潔な魂を持っているというのに」
そして。
「その同情こそが貴方の心を抉るというのに」
瞳を赤く染めながら、シエルの頬を撫でる。
その手は手袋に覆われているのにも関わらず、温まることがないのかひんやりと冷たい。
それは真実を表している。
逃げることもせず。隠すこともせず。
ただ、淡々と闇の奥へと導いていく。
他の人間から見たらそれは残酷で。
運命を背負った子供を少しでも光の下へと引っ張り上げようとしてくれるのだろう。
けれどシエルはそんなものを望んではいない。
ただ自分が欲しいのは。
「それでも、お前が全て解かっているだろう?」
今の己の姿を認めてくれる相手。
「僕がどういう気持ちで、ここに立っているのか」
復讐を糧に生きている、この僕自身を認めてくれる相手。
すなわちそれは。
己の復讐に終止符を打つ場所へと導いてくれるセバスチャン。
「えぇ、解かっておりますよ」
どこか狂気を孕んだ笑みを浮かべながら眼帯を外し、契約印が刻まれた瞳を隠す瞼にそっと口付ける。
そしてまだ一口も飲まれていない紅茶を取り、近くのテーブルの上へと置いてしまう。
「私が傍におります。最後まで」
「セバスチャン・・・」
腕を背中に回し、セバスチャンは全てから守るように抱きしめる。
抱きしめた身体はほんのわずかに震え、誰にも聞こえない悲鳴を大きく上げている。
大丈夫です、坊ちゃん。私にはちゃんとそれが聞こえています。
「今夜は疲れたでしょう。あんな馬鹿の相手をして」
「あぁ。今度はもっと上質なゲームがしたい」
「そうですね」
抱きしめたままベッドに身体を落としていく。
シエルはセバスチャンに覆いかぶさられた状態になるが、珍しく文句の言葉は飛び出してこず、むしろ求めるように抱きしめ返す。
「セバスチャン」
「はい」
「・・・」
「どうしました、坊ちゃん」
「なんでもない」
なんでもないんだ、ともう一度呟き、目を閉じながらセバスチャンの胸に顔をうずめる。
あぁ、あの苦々しい誘惑に心を乱されてしまって・・・。
あんな騒音などすぐに忘れてしまえばいいものを。
なんとも矮小な貴方らしい。
ならば私は手伝ってあげましょう。
貴方の復讐に手を貸すように。
今日を思い出す時に、心を乱すものなど私だけだったとなるように。
お手伝いして差し上げますよ。
「坊ちゃん」
セバスチャンは自分の身体を少し持ち上げ、胸に顔をうずめるのを強制的にやめさせる。
そのことに少し不満げな顔をしているシエル。
その顔に唇を寄せ、甘い蜜を囁く。
「愛していますよ」
「な、なんだ急に」
「今宵の貴方は少々大胆でしたね。あんな人が沢山いる中で私を抱きしめてくださるなんて」
「っ!!!」
仮面舞踏会での出来事を言われ、シエルは一瞬にして顔を赤く染め上げる。
「あぁ、あの時も今のように頬を赤く染めていた。仮面に隠れているかと思われたのでしょうが、私の瞳にはその可愛らしいお顔がしっかりと映っていましたよ」
「う、うるさい!」
「どうせならお守りは耳元ではなく、唇にしたら良かったですかね」
「んンっ」
唇と唇を重ね、触れ合わせる。
けれどあの時のお守りのような遊びではなく、舌と舌までも絡め合わせる濃厚な口付け。
口腔を辿り、擦り、甘噛みし、快楽の波をジワジワと引き出していく。
「仮面を付けていましたので、その顔を他の方に見られる心配もありませんし」
「ふ・・・セバス、チャン」
トロンとした瞳で見上げてくるシエル。
それでもまだどこかに影がある。
しかしそれを指摘することなく、舌でシエルの顔を舐め上げる。
「やめ、ろ!」
「あぁ、そんな厭らしいお顔は私だけのものですよ」
「そんな顔なんて・・・!」
「していますよ。どこぞのご令嬢よりも、どこぞの幹部よりも厭らしく、そして」
愛しい。
耳に息を吹き込むように言えば、ビクリと反応する。
抵抗するように胸板を押していた手を己の手と絡み合わせ、ベッドへと縫いつける。
その捕らえられた姿はまるで蝶の標本のように美しい。
「セ、セバスチャン!」
「お顔をよく見せて。今日は貴方の後ろばかり追っていたもので」
「いつも見ているだろっ」
「足りませんよ」
「そういう問題じゃっ・・・や、ちょっ!」
舌は頬を辿り首筋までも通り越し、ナイティに隠れる身体の部分までへと到達する。
セバスチャンはナイティの上から、その舌を這わす。
「坊ちゃんは、私の顔を見飽きることがありますか?」
「そ、そんなことは、ない・・・が」
「私もそういうことですよ」
「お前のとは何か違うっ!それよりも、やめ」
「そういえば、スイス様と坊ちゃんが裏庭に出るとき、私のことをフォローしてくださいましたね」
「だ、だって扉が1つしかなかったから」
「驚きましたが、嬉しかったですよ」
「あ、や、待て」
身体を這う舌は、小さな尖りにぶつかる。
ナイティ越しにもその尖りはすでに主張し、存在を示している。
セバスチャンはそのまま円を描くように舌を転がし、愛撫をするというよりも、そのナイティを透けさせるようにしているようだ。
シエルは制止の声を掛けるが、止まるわけが無い。
「一度も振り返えらず私がいることを確認すらしなかったのに、いるという核心のもとにフォローした。いい子ですね、私のご主人様は」
「そ、思うなら、ソレやめ、ろ」
「どうしてですか。喜ばせてあげているのですよ。ほら、そんな姿が見えてきました」
セバスチャンの唾液で濡れたナイティは白く透け、ピンク色の突起をぼんやりと現している。
「み、見るな!」
「どうしてですか。こんなにも可愛らしいのに」
カリ、と噛み付けば甘く高い悲鳴が小さく上がる。
それを聞きながらセバスチャンはうっとりとシエルの姿を見つめる。
「女王の番犬としての姿もお好きですが、こんな厭らしい貴方の姿もお好きですよ」
「こ、今度は絶対にフォローなんかしてやるもんか」
「おやおや、そんな冷たいことを仰らずに」
両手で絡め合わせていた手を片方離し、そして頭上でひとくくりにする。
空いた方の手は、下半身へと伸びていく。
次に何をされるか分かったシエルは、恥ずかしそうに何度も瞬きをしながら身体をよじらせた。
「す、すとっぷ!」
「どうしたのですか?」
「蝋燭だって、消してない・・・し。それに、こんないつもと違う・・・から」
「たまには違う趣向でも宜しいではないですか。どんなときも刺激が必要ですよ」
「こんな刺激は、いらな・・・あァ!んんん!」
胸の尖りよりも、少々太く立ち上がるソレをセバスチャンは優しく握り締める。
シエルは瞳を閉じ顔を横に背けるようにするが、隠れることはないのでセバスチャンの視界にしっかりと快楽に襲われる表情が映り込む。
「もうこんなに硬くなさって・・・蜜が零れ始めているのも、ナイティ越しに分かりますよ」
「ん、はっ」
「ほら、舐めなくともだんだんと透けてきています・・・」
「や、やぁ・・・そんな、言うなっ!」
「ちゃんと聞いて。そしてもっと恥ずかしがって・・・」
そして胸を痛める言葉など忘れて。
今日の出来事を思い出したときに蘇るのは、私とのこの戯れだけにして。
貴方の心を乱したのはこの私。
その他に何も無ければ、誰もいなかった。
在ったのは、ただのゲーム・・・チェス板と駒だけ。
ナイトに討ち取られたキングと、チェス板から落っこちたビショップだけ。
登場人物は、私と貴方だけだった。
「ほら、気持ちいでしょう?」
「あ・・・あァ・・・ん・・・」
だから、もう。
「坊ちゃん・・・」
涙を流さずに泣いたりしないで。
****
「おはようございます、坊ちゃん」
「ん・・・」
セバスチャンは自分の腕の中で眠るシエルの額に口付けながら、目覚めを促す。
そのシエルはまだ身体に何も身に着けていないが、セバスチャンは執事服のズボンとワイシャツという、最低限の服だけは着ていた。
なぜなら、先ほどシエルの為の朝食などの準備をしていたからだ。
しかし一回起きたにも関わらず、もう一度ベッドに潜り直す辺りがセバスチャンらしい。
「まだ・・・あと少し・・・」
甘えるようにセバスチャンの胸に頬擦りし、もう一度意識を沈めていこうとするシエルにセバスチャンは苦笑した。
昨晩のこともあるし、本当ならばこのまま寝かせてあげたいのだが。
「女王陛下からのお手紙が届いておりますよ」
「・・・なに?」
今度は本物の手紙が届いたのだ。
シエルは聴いた瞬間パチリと目を開けた。
「じゃぁ今日は裏の仕事か」
「そうなりますね」
頭を撫でながら言えば、じっとこちらを見つめてくる瞳。
そこにはもう昨日のような影はない。
「セバスチャン」
「・・・はい」
「僕はシエル・ファントムハイヴだ」
シエルは言う。
「ここにいることを選んだのは、この僕だ。別に強制されたわけでも、首輪に締め上げられているわけでもない」
昨日快楽で塗りつぶしたはずの言葉に、セバスチャンは瞠目する。
その姿を見たシエルはニヤリと笑い、高らかに命令する。
「命令だセバスチャン。僕が復讐を遂げるその時まで、僕の傍から離れるな」
この僕から、離れるな。
闇を纏いし僕を、否定してくれるな。
命令の中に含まれる小さな弱さ。
セバスチャンはシエルの手を取り、甲に唇を落とす。
「イエス、マイロード」
えぇ。
私はその時まで永遠に貴方のお傍にいましょう。
時にその闇が貴方を傷つけようとも、私はその闇を拭い去ることはせず、悲鳴をあげる貴方をそっと抱きしめましょう。
その闇ごと口付けて、傷を癒しましょう。
昨晩のように・・・。
「復讐の道を閉ざすことなく傍にいましょう」
気丈に振舞う貴方のことだから、きっとその口付けを素直に受け取らないだろうけれど。
「闇の奥底までお供します」
「愛していますよ、シエル」
その言葉を聞いたシエルは、口元に勝気な弧を描きながら
やっと瞳から一粒の涙を零した。
END
****
あとがき
ここまでお付き合いしてくださって、ありがとうございました。
なんとなんと、R指定が入ってしまうとは予想外ですwww
今までのGameとはちょっと違ったような、いや・・・同じだったような・・・。
一応Ⅲとかという形を取っているので、Ⅰ・Ⅱに出している言葉を使ったり応用させたりしています(笑)
少しでも楽しんでいただけたら幸いです^^
15000HITありがとうございました!!
これからも宜しくお願い致します(^▼^)/

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