人間という生き物は面倒だ。
感情に振り回され、正しい判断を誤ったりする。
たいそう愚かで浅ましい。
けれど。
私もソレになってしまったと言ったら、貴方は哂いますか?
― Sweetの下ごしらえ -
「最近、お前は妙だな」
ファントム・ハイヴ家当主、シエル・ファントムハイヴは紅茶を飲みながら、悪魔であり、執事でもあるセバスチャン・ミカエリスに声を掛ける。
「妙、ですか?」
「あぁ。何をしていても、頭の隅に何かがある感じだ」
セバスチャンは、シエルの言葉に少し息を詰める。
それをシエルは見逃さなかった。
「なんだ。自分でも分かっていたのか」
シエルはニヤリと笑う。
「…顔に出してしまうなど、執事のあるまじき行為。申し訳ございません」
「別にいい。誰にでも悩みの1つは持っているものだからな」
シエルは紅茶のカップを皿の上に乗せる。
掛けられた言葉は優しいものに感じられるが、セバスチャンを見る顔は酷く楽しそうだ。
机に肘をつき、頬杖をつく。
「だが、お前でも悩むことがあるなんてな」
こちらを見る瞳は、話せと言っている。けれど、コレを話すわけにはいかない。
セバスチャンはシエルの瞳をあえて無視する。
「そりゃぁ、ありますよ。我侭な主人に付き従うのも楽ではありません」
「お前、殺すぞ」
「やれるものなら」
ジトリと睨んでくるシエルに、ニッコリと微笑む。もちろんワザとだ。
「はぁ。お前が悩みを言うつもりがないならもういい」
「おや、心配してくれたのですか?」
「なっ!」
先ほどと打って変わって、慌てた様子を見せる。
全く、この人は。隙がないようで隙だらけですね。いつもいつも。
「ただ業務に差し障るようなことがあったら、後々面倒だと思っただけだっ!」
噛み付くように言い放つシエル。
セバスチャンはその姿に苦笑する。
「その点につきましては問題ありません。ファントムハイヴの執事たるもの、己の感情をコントロールできなくてどうします?」
「…出来ていないから顔に出ていたんだろうが」
「・・・」
キメ台詞まで転んでしまうという失態。
あぁ、本当に愚かな自分に成り下がってしまったものですよ。
自己嫌悪に陥るセバスチャン。
けれど。
「セバスチャン」
凛とした声が名を呼ぶ。
その声が陥る自分を引きずり上げる。
「命令だ。何かあるのなら今度から話せ。もし話せないものならば、僕に気づかせるな」
強い命令。強い瞳。美しいほどの魂。
「イエス、マイロード」
あぁ。本当に貴方には敵わない。
「じゃぁ、僕は仕事の続きをする」
この話は終わりだ、とシエルは書類の束に手を伸ばす。
「あぁ、後でアップルパイが食べたい。焼いて持ってこい」
「了解しました」
一礼して、部屋から出て行く。
「はぁ」
セバスチャンは執事、否、悪魔らしからぬため息をつく。
参りましたね。
まさか、坊ちゃんにバレてしまうとは。
しかし、考えていることをバレたわけではなかったので良しとしましょう。
『お前でも悩むことがあるなんてな』
言われた言葉が頭をよぎる。
まあ、悩みと言えば悩みですが。
「病…ですかねぇ」
人間の言う『一種の病』
『恋の病』というやつだ。
そう。
私は、坊ちゃんに恋をしてしまったのだ。
伝えることは決してないと思っていた。
ましてや、坊ちゃんにこの気持ちを知られることなど。
ですが、正直辛くなってきましたね。
貴方がこんなに近くにいるのに、遠く感じてしまうことが。
手を伸ばせば触れられるのに、触れられないことが。
出来ることならば。
この想いを受け止めて欲しいと思い始めている。
「厄介ですね…」
セバスチャンは再度大きなため息を付きながら、アップルパイを焼くために厨房へと歩いていった。
END

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