悪魔は人間の考えることなど分からないと言う。
面倒な生き物だと嘲笑う。
けれど、それは決して悪魔だけではない。
僕自身だって、人間の考えることはよく分からないものだ。
ましてや、『心』のことなど。
― Sweetは突然に -
「坊ちゃん、本日のアフタヌーンティーをお持ちしました」
有能と評されている執事、セバスチャン・ミカエリスは一礼をしながら部屋へと入ってくる。
もうそんな時間かとファントム・ハイヴ家当主、シエル・ファントムハイヴはちらりとそちらに目を向けるが、すぐに手元の書類に戻す。シエルは基本的甘いものが好きなので、すぐにでもスイーツに手を伸ばしたいところ。けれど仕事を中途半端にしておくのも気分が悪い。
「この仕事がひと段落したら食べるから、机に置いておけ」
そう指示するとセバスチャンは「御意」と、シエルの机へとスイーツを持ってくる。
どうやら今日はガトーショコラらしい。
しばらく端で紅茶などの準備もしていたが、全て整うと、また扉の方へと戻っていった。
シエルはてっきりそのまま出て行くと思っていたのだが。
いつまで経っても扉が閉じる音が聞こえて来ない。
ふと書類から目を外し、顔を上げてみるとセバスチャンはまだ扉の前に立っていた。
「・・・」
黙ったまま、こちらをじっと眺めている。
ほぉっておけばいいのかもしれないが、こうも見られ続けていては仕事に集中できない。
シエルは大きくため息をつき、扉の前に立つ執事に問う。
「何だ」
「以前にも申し上げましたが、坊ちゃんは嘘や秘密が多くおありですよね」
は?なんだいきなり。
シエルは怪訝な顔をしながらセバスチャンを見るが、特に変わった表情は伺えない。
「それがどうかしたか」
「もしも」
セバスチャンは一旦言葉を区切り、胸を手に当て少し頭を下げる。
「もしも他に私に話していないことがあるならば、話して頂きたいと思いまして」
なんだ、そんなことか。
シエルは手に持っていた書類を一旦置く。
「以前のようなことがあったら、己の美学に反するからか?」
「それもありますが…」
ニッコリと微笑むセバスチャン。何を考えているのか全く読めない。
シエルはため息をつく。
「もう特に昔にった病気や持病などはない。お前の美学に反することはないから安心しろ悪魔」
「そうですか。それはようございました。けれど」
瞳の色が少し変化する。
悪魔本来の『赤色』に。
「他に秘密を持っていらっしゃるでしょう?坊ちゃん」
「何のことだ」
「またお得意の嘘ですか?感心しませんね」
セバスチャンはコツリと足音を立てながらこちらに近づいてくる。
「あぁ。もしかして気づいておられないのですか?人間の言う『一種の病』に」
「一種の病…」
シエルはその単語に目を見開く。
もしや。
「セバスチャン」
「本当は気づいているのでしょう?」
「セバスチャン!」
「それとも、認めるのが怖いのですか?」
「っ!!!」
シエルは目の前にいる悪魔を睨みつける。
この悪魔は僕の心に宿っているものに気がついている。
『一種の病』それは『恋の病』のことを指しているのだろう。
僕の中で芽生えた小さな想い。
僕はそれに気が付いていながら、無視し続けていた。
けれどこの悪魔は、それを指摘する。
この様子だとシラを切るのは難しそうだ。
「なぜその話しを僕に持ちかける」
冷静さを失わないように心掛けるが、声音に怒気が含まれてしまっている。
「主人の心のケアも、執事の仕事か?」
馬鹿馬鹿しいな。
僕は鼻で哂う。
「そうですね。主人の心をお守りするのも私の役目だからなのかもしれません」
しかし。
「これは、それとは別です」
「別?」
「坊ちゃんは、その心に抱えた『病』を一生閉じ込めておく気でしょう」
「それは僕の勝手だ」
「それでは私に問題があるのですよ」
「はっ。なぜお前に問題が生じるんだ」
「それは、私も同じ病を抱えているからと言ったら?」
シエルは目を見開く。
「…それは大変だな」
「それだけ、ですか?」
セバスチャンはわざとらしくため息をつく。
「言っておくが、僕はその『一種の病』を患っているだなんて一言も言っていない」
「悪あがきですね」
「どうとでも。勝手に勘違いをしているのはお前だからな」
シエルは動揺を隠すため、顔の前まで書類を持ち上げる。まるで仕事に戻ったかのように。
けれどきっと、この執事には全てバレているのだろう。
「まぁ、今はいいでしょう」
でも。
セバスチャンは書類を奪い取り、シエルの目の前まで迫り。
「必ず手に入れますよ」
魂以外も、ね。
いつの間にか手袋を外した手で優しく、けれどどこかネットリと絡みつくように頬を撫でる。
「~~~!!」
シエルは頬が熱くなったのを感じたが、それを留めることなど不可能。
それを見たセバスチャンはニッコリと微笑む。
「お仕事の邪魔をしてしまってすみませんでした。マイロード」
それでは、失礼いたします。
ムカつくくらい礼儀正しくお辞儀をし、扉の方へと戻り今度こそ部屋を出て行く。
「っ…はぁぁ」
それを見送ったシエルは、机につっぷする。
思うことは沢山ある。
なぜこの想いがバレてしまったのだろうか。
一体この想いをいつから知っていたのだろうか。
そして。
奴の想いは本物なのだろうか。
『嘘は言いませんよ。人間のようにね』
いつか聞いた言葉が脳裏をかすめる。
本来この言葉は喜ぶべき結果へと導かれる筈なのだが。
「厄介だな…」
頭痛の要因にしかならなかった。
END

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