「貴方は変わりませんね」
そう呟いた彼の声は酷く愉しそうだった。
「・・・何が言いたい」
「いえ?ただ変わらないなと思いまして」
「口に出したということは僕に何か嫌味を言いたいということだろう」
「嫌味だなんて、そこは普通“何かを言いたい”で留めるところです」
「こういう時にお前の口から嫌味以外の言葉を聞いた事がないから留めないんだろうが」
何年の付き合いだと思っている。
言いながらベッドに腰を掛けるシエルは前髪をかき上げ、目の前で紅茶を淹れているセバスチャンを覗き込むかのように首を傾けた。
その時に口角を吊り上げることを忘れない。
「・・・そういうところが変わらないと言いたいのですよ、私は」
それを横目で見ながらセバスチャンはため息をつき、コトリとカップとポットをテーブルに置いた。
そのカップからは白い湯気が立ち上り、良い香りを放っている。
「悪魔に対してその強気な態度は本当に惚れ惚れしますね」
「自慢の恋人だろう?」
「・・・惚れ惚れをイライラに変えましょうか」
「つれないことを言うな」
シエルはクスクスと笑い、セバスチャンの方へと腕を伸ばす。
あの頃のような幼いナイティ姿ではなく、まるでワイシャツ一枚のようなシックなものを身に纏い、彼を誘うように微笑掛ける。
きっと優しさなんてそこには微塵もないのだろう。あるのはきっと妖麗な、タチの悪い笑みだけ。
それも全てこの悪魔から教わったものだと自分自身は思っている。
まぁ、この悪魔がそれを認めるとは思わないけれど。
「・・・・」
その悪魔はシエルの伸ばされた腕を見つめたまま再度ため息をつき、その腕に誘われるがまま同じように手を伸ばすが、手と手が触れ合うその前にシエルは一言。
「紅茶」
瞬間ピクリと相手の頬が引き攣ったのが目に見えて分かって、内心で声を上げて笑った。
もっと自分が幼い頃はこの悪魔に振り回されてばかりだったが、今となってはこの悪魔の方が自分に振り回されているだろう。
あの微笑同様、伊達に長く悪魔と暮らしていないのだ。
長く一緒にいればいるほど悪魔には慣れるし、似てくる。そしてその悪魔の扱い方も心得てくるというわけだ。
(・・・変わらないわけがなだろうが)
いつだって自分は成長していたいと願う。
この一秒も無駄にはせず、どんなときだって上を目指す。
その“上”がどのようなものなのか自分でも分からないが、もしかしたら他の人間からしたら“汚れた場所”であったとしても、己の信じる“上”を目指して突き進む。
それが己であると思っている。
勿論、この悪魔よりも“上”でありたいと思うのも当たり前なことで・・・―――
「―――ほら、変わらないでしょう?」
「なに、うわっ!」
急に腕を引かれ、そのままセバスチャンの胸の中へと身体を抱きとめられる。
まるでダンスでもするかのように腰と手を取られ、暴れることもままならない。
「・・・いきなり何だ」
「おや、以前なら怒鳴っている場面だと思いますが?」
「そんな時期はとうに過ぎた」
愉しそうに笑う悪魔をジトリと睨み、それとも怒鳴って欲しいか?と聞けば、それはそれで面白いんですけどね、とセバスチャンは赤い瞳を細めた。
「もう逃げることは出来ないと分かっているようですし」
「当たり前だ。何回不毛なことをしたことか」
「ですが・・・」
セバスチャンは顔をゆっくりと近づけ、唇と唇が合わさるか・・・というほどの位置で囁く。
「本当は少し緊張しているでしょう?」
「・・・っ」
そう言われた瞬間シエルは反射的に唇を噛み締め、逃げようと足を後ろに引くが、しっかりと腰をホールドされている為に動くどころか自分から腰を反るような苦しい体勢にしてしまい、逃げようとしたという真実が目に見えて分かってしまった。
「余裕の表情で隠したって分かりますよ」
「黙れ」
だが顔はまだ赤くない筈だ。
シエルは眉を寄せて横を向く。
少しだけ鼓動が早いのは気のせいだと思いたいが、それが気のせいなのだと思い込める時期もとうに過ぎてしまっていた。
「坊ちゃん・・・」
「ンっ」
少し離れたシエルを追いかけるようにセバスチャンは首を倒し、シエルの首元に顔を埋める。
そしてそこに強く吸い付き、己のものだという印を刻んでいく。
何個も、何個も。
「変わらないのは、お前の方、だろうっ」
「まぁそうかもしれませんね」
笑いながらセバスチャンは顔を上げ、自身の唇を舐める。
それは唇の乾きを潤すものなどではなく、獲物を狙う獣の如く。
「きっと私は永遠に変われませんよ」
「はっ、いいざまだ」
お前なんか一生変わらなくていい。
シエルは掴まれていない方の手で首元を掴み自分の方へ引き、自分から口付ける。
一瞬驚いた瞳が目の前にあり、それに満足しながら、すでに濡れている唇に舌を這わせていく。
しかしそれはすぐに絡め取られ、主導権を握るよう舌をこちらの口腔へ捻じ込んでくるが、シエルも負けじとそれをかわすようにしながら舌を伸ばした。
「んっ・・・ふは・・・」
互いが互いの口腔を犯し合うせいで唇が離れても舌と舌が絡み合い、顎からは唾液が零れ落ちる。
いつの間にかセバスチャンの腕がシエルの全身を包み込むように抱きしめ、そしてシエルの腕もセバスチャンの首にしがみつくような形となっていた。
・・・―――その姿は口付けを強請る恋人同士でしかない。
「い、い加減、に諦め、」
「それは、こちらの台詞でしょう」
口付けの熱で潤んだ瞳を相手に向けながら言えば、セバスチャンも少し息を乱しながら言い返す。
「・・・・・」
「・・・・・」
結局のところ。
変わったことは変わったけれど、
変わらないところは変わらなくて。
「・・・ベッドに行け」
「仰せのままに」
変わりたくても変われなくて。
きっとこの二人は、
相手が存在する限り、
ずっとずっと、
スティールメイト

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