「一体今回はどうしたんだろうなぁ」
「セバスチャンさんと坊ちゃんが喧嘩をなさるなんて、久しぶりですだよ」
「早く仲直り出来たらいいのにねぇ」
「ほっほっほ」
そんな話しをしていたのは午前の時。
使用人たちは自分の主と同じ使用人かつ自分たちの指導者を思いながらため息を付いた。
****
そして午後。
「坊ちゃん、お手紙が届きましただよ」
「あぁ、そこに置いておけ」
「フィニ、これを坊ちゃんの机の上に」
「はーい!」
「これ、おかしくねぇか?」
「ほっほっほ」
いつもはペンが走る音が満ちる執務室は、人と声が満ち、どこか騒がしいものへと化していた。
それもそうだろう。
今この部屋にはこの屋敷にいる人間(+悪魔)が勢揃いしているのだから。
今日は朝からシエルとセバスチャンが喧嘩したのを使用人たちは知っていた。
なぜならシエルを起こしに行った後セバスチャンはシエルと共に食堂へは来ず、一人でやって来たかと思えば田中さんの名前を呼んだのだから。
いつも二人が喧嘩をすると、執事を勤めるのは田中さんへと変わる。
ある意味これは“喧嘩をしました”とあえて自分たちに告げているようなものだと苦笑してしまうのも仕方が無い。
しかし今は全て執事の仕事をしているのはセバスチャンだ。
田中さんが引き継ぎを出来ないことは全く持って有り得ないが、それでもセバスチャン自身に確認しなければいけないことは山ほどある。
なので、たとえ田中さんに執事役を任せたとしても、セバスチャンがシエルの元から離れるのは不可能なのだ。
だから、今こういう妙な状況が生まれてしまっている。
「バルド、書類を坊ちゃんに」
「・・・いい加減自分で渡せよ」
「・・・・」
そう言えばセバスチャンは書類を差し出したまま固まってしまう。
その顔には珍しくどこか戸惑ったような色が浮かんでいた。
そんな様子にバルドは苦笑し、書類を受け取る手をあえてタバコを掴んで渡す手立てを消してしまう。
「お前さんがそんな顔をするなんて珍しいな」
「たまには私だって失敗することがあるんですよ」
ふぅ、と息を吐きながら書類を持ち上げていた手を静かに下げる。
きっと此方が意としてタバコを持ったことを察したのだろう。
そんな細かいところまで察することが出来るのに、どうして主人と喧嘩をするなんて自体に陥るのだろうか。
チラリとその喧嘩相手、シエルを盗み見れば、シエルもどこか悩ましげにソワソワしていた。
お互いに仲直りのキッカケを掴み損ねているという状態だろうか。
それはそうだろう。自分たちまで巻き込んで喧嘩をしてしまったのだから。
セバスチャンもそう思っているようで、ペコリとバルドに小さく頭を下げる。
「すみません、貴方たちまで巻き込んでしまって」
「いや、別に構わねぇって。フィニやメイリンも嬉しそうだしな」
シエルの周りで書類を運んだりと、楽しそうに働く三人の姿。
たまにはこういうのもいいと思うが、そう思うのは自分ら使用人だけだろう。
「そろそろ仲直りします」
「ん?大丈夫なのか?」
「えぇ。坊ちゃんも怒りが治まったようですし」
シエルの方を見ながら苦笑するセバスチャン。
「じゃぁ俺らは退散するとしますか」
「すみません」
「いいってことよ。まぁ、1つ貸しということだな」
笑いながら言えば、今度ケーキを焼きますよと返って来る。
てっきり呆れられるかと思っていたが・・・言ってみるものだ。
バルドは他の三人を呼び寄せ、部屋を退室するように促す。
三人は残念そうな顔をしたが、主人と執事が仲直り出来るのならば仕方が無い(喧嘩したおかげでシエルと仕事が出来たのだが)
使用人四人はそのまま部屋をあとにした。
****
「坊ちゃん」
声を掛ければ書類を持った手がビクリと震えた。
顔はその書類で隠れているが、きっと困ったように唇を噛み締めているだろう。
怒っているのだったら違うかもしれないが、先ほど見た顔はもう怒ってはいなかった。
セバスチャンはゆっくりと近づき、一歩の距離だけを残して立ち止まる。
「今朝は申し訳ありませんでした」
「・・・・」
「少々言い過ぎました」
朝の言い合いを思い出しながら頭を下げる。
朝シエルは起こす時にカーテンを開けるのを嫌がった。
眠っているところにいきなり光を当てられる身にもなってみろ、と。
こちらとしては寝起きが良くない主人を思っての行動。
目を覚まさない坊ちゃんが悪いのだと責めれば、別の方法があるだろうと向こうも怒りだす。
『別の方法ですか』
『もっと僕を起こすのに違う方法がある筈だ』
『それを私に考えろと。寝起きが悪いのは坊ちゃんですよ?坊ちゃん自ら考えたらどうですか?』
『お前、それでも僕の執事か!』
『執事だからの行動をお咎めなさったのは坊ちゃんの方ですよ』
『~~~~ッ!もういい!』
シエルはそのままセバスチャンに出て行けと命令した。
そして先ほどの状況の出来上がりである。
「眠っているところに太陽の光が飛び込んできたら、少々驚きますよね」
全て此方に非があるわけでは無いと思うが、このまま喧嘩しているのもいただけない。
セバスチャンは苦笑しながら言葉を紡げばそれを制止させるようにシエルから返事が返って来る。
「いや、僕も悪かった。ちょっと色々考えていて・・・」
「坊ちゃん?」
語尾が小さくなっていく様子に首を傾げる。
自分は悪魔だ。小さくなったとて聞き逃すことはないが、そうなる理由が気になる。
しかしシエルは顔を見せるのを嫌がってか、書類を置くことはしないで、そのまま話し続ける。
「別の方法を考え付いたというか、いや、眩しかったのは本当だが」
「坊ちゃん、落ち着いてください」
顔を見せたくないなら無理やり書類を降ろすことは出来ない。
そこでまた喧嘩をしてしまったらもともこうも無いからだ。
だから落ち着かせる為に頭を撫でることも出来ず、声を掛けるしかない。
しかしその声でシエルの口はピタリと止まり、妙な沈黙が部屋を包み込んだ。
「・・・あの、坊ちゃん?」
「・・・」
一体どうしたのだろうか。
怒っていた時も困ったが、今の状態も困る。
何かを言いたいようなことは分かるが、何をセバスチャンに伝えたいのだろう。
しばらくそのまま様子を窺っていたがシエルは何も言う様子がない。
このままじゃ埒が明かないと、セバスチャンは残していた距離を埋め、書類を持ち上げた。
あッ!と焦るような声が聞こえるが仕方が無いと耳を塞ぎ、聞こえぬ振り。
そして顔を見れば。
「・・・・・」
「・・・うるさい!」
真っ赤になった頬。
まだ何も言っていないにもかかわらず悪態をついたのは、自分でも頬が赤くなっていることに気が付いているのだろう。
その顔はとても可愛らしいが、どうしてそんな顔をしているのかも分からず、余計にセバスチャンは混乱してきた。
「どうし、たのですか?」
頬に手を伸ばせば、ビクリと反応しつつも逃げることはしない。
そのままセバスチャンは手の甲で赤くなった頬を撫でる。
「何をお考えで?」
「・・・朝の、起こし方」
「喧嘩する前から、起こし方を考えていたのですか?」
「・・・・」
「それを言いたいが為に、眩しいと?」
「・・・だから、眩しいのは本当だ」
「でも、別の方法で起こして欲しかったのでしょう?」
カチカチカチとパズルが当てはまっていく。
肝心な答えは見えないが、形にはなってきた。
サラリと柔らかい髪の毛を耳に掛けてやり、少し屈む。
そうすればシエルとの顔の距離も近くなり見えやすくなる。
その可愛らしい表情が。
「・・・別に」
「どうやって起こして欲しかったのですか?」
「・・・・」
「聞かせてください、シエル」
チュッと音を立てて頬に口付ける。
名前を呼ばれれば弱いということを知っていての行動だ。
案の定シエルは困ったように眉を寄せ、ポツリポツリと話し出す。
「前に・・・テレビで、たまたま・・・見たのがあって」
「はい」
「それで・・・朝、起きる時に・・・」
いじけるように少し唇を尖らせ、顔を横に背ける。
「その・・・き、キスで・・・目を覚ましてた・・・から」
「ッ!!!」
心臓を鷲掴みされたような気がした。
顔を赤く染め、目を泳がせながら可愛く言う恋人に手を出すなという方が無理である。
セバスチャンはそのまま目の前の恋人を抱き寄せ、そのまま口付ける。
「んぅ」
急に口付けられたシエルは驚きと、言ったことへの恥ずかしさで少しの抵抗を見せるが離しはしない。
少しずつ口付けを深めていけば首に腕が回り、求めるように舌を差し出してくる。
それに喜んで絡め、甘噛みし、強く吸い付けば、喜ぶかのように燕尾服を握り締めた。
それも酷く嬉しくて、もっともっとと求めてしまう。
しかしついに息が持たなくなったのか、シエルの手がセバスチャンの首元を軽く叩いたので名残惜しいと思いつつも唇を離す。
「ば、か・・・くるしい、だろ」
「仕方ないでしょう」
あんなこと言われたら止まりませんよ、と耳元で囁いてやれば、シエルは恥ずかしがるように首元に顔を埋めてしまう。
「明日から口付けでお姫様の眠りを覚まさせるとしましょう」
「誰がお姫様だ」
埋めたまま怒る声もどこか甘くて、セバスチャンは頭を撫でる。
「気が付かなくてすみませんでした」
「・・・そんなこと、ない」
「明日から楽しみですね」
「やっぱり」
「やめるは無しですよ」
ニッコリと先手を打てば、どこか呆れたように息を吐き。
「楽しみにしてる」
顔を上げて、ちゅっと鼻先に口付けを落とし微笑んだ。
そのままセバスチャンに押し倒されたのは言うまでも無い。
end

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