暗い部屋の中。
朝とは違い静寂を身に纏い、月が空を制している。
それは何とも神秘的なものだと苦笑しながら、本来の闇を思うとどこかその苦笑が嫌みったらしいものだと感じられた。
ふと目の前にいる主人を見れば、相手もどこか愉快そうな表情をしていてセバスチャンはシーツを掛けながら声を掛ける。
「どこか楽しそうですね」
「そうかもな」
そう答える声も楽しげで。
仕事の時には見られない表情を今自分が見られるということに、どこか心地よい充足感が訪れる。
「何かありましたか」
「いや、何もない」
そう言うが何もなく楽しそうな顔を見せる相手では無いと理解しているセバスチャンは真意を探ろうと口を開き、しかし閉じる。
なんだかその雰囲気は今の神秘的なものと酷く似ていて、どこか儚げだ。
それを壊すのはどこか躊躇われ、セバスチャンも口を閉じることにしたのだ。
「・・・今日はお仕事お疲れ様でした」
今の雰囲気を壊さぬよう、極力静かな声で柔らかく話し掛ける。
するとシエルはクスリと笑い、悪戯気な蒼と印が刻まれた瞳を光らせた。
「お前は怒っていただろう」
「・・・冷えてしまうと思ったからですよ」
「そんなに心配するようなことじゃないだろう」
そう言いながらシエルはうつ伏せになり、顔を枕に埋めた。
そんな行動がどこか子供染みていてクスリと笑えば、声音はそのままに何が可笑しいとシエルは聞いてくる。
「可愛らしいと思いまして」
「どこがだ」
「全部がですよ」
「・・・可笑しい奴だな」
うつ伏せのまま、首を回して顔だけを覗かせるシエル。
その瞳は本当に純粋な疑問だけを宿していて、綺麗な瞳だとセバスチャンは思った。
それに引き寄せられるかのように膝を折り、頬に触れる。
その瞬間シエルはピクリと眉を顰めるが、反抗もせずそのまま黙り込む。
いつもとは違う反応に少し首を傾げるも、それよりも気にしなければいけないことが生まれた。
「・・・やはり随分と冷えておられますね」
手袋越しにでも感じることが出来る頬の冷たさ。
だから仕事などせずに早くベッドに入ってくださいと言ったのに、と文句を言えば、シエルはまた楽しそうに笑う。
「別に問題ない」
「温かいミルクでもお持ちしましょうか」
「必要ない」
「ですが」
「セバスチャン」
闇を切り裂くような凛とした声。
「必要ないんだ」
まるでミルクではない別のものを言っているかのようで、どこか胸がざわついた。
しかしそれを探ることは許されていないような声で。
今この恋人を想うのならば引き下がらなければいけない気がした。
けれどせめて。
「もう僕は眠る」
そう言い、シエルはゆっくりと瞳を閉じていく。
けれどせめて、早く温かくなりますようにだとか、いい夢を見られますようにだとか。
そんな願いは受けとめて欲しい。
愛しい人への想いは止まらないから、許して欲しい。
「坊ちゃん」
おやすみなさい。
瞳を閉じた恋人に口付ける。
それはたった一瞬だけれど、全ての想いを込めて。
悪魔の自分が持った、有り得ない感情を。
しかし。
「ほぉ・・・?寝込みを襲うとはいい度胸だ」
ガチャリと、よく聞く音を静寂の中で耳にする。
それは坊ちゃんが護身用として枕の下に隠しているもので、引き金を引けば勿論弾が飛び出すよう充填されていて。
ようするに、拳銃がセバスチャンに突きつけられた。
「今日は気分が良かった筈なんだがなぁ」
「いえ、あの」
自分にとってはそんな拳銃は鉛の玩具だ。
今はそんなものよりも、それを持った恋人の威圧感の方が恐ろしい。
「坊ちゃん?」
「出て行け」
「え」
「さっさと出て行け、この変態がッ!!」
先ほどの雰囲気が嘘のように怒鳴りながら拳銃を乱射し始めたので、セバスチャンは逃げるように部屋から出いくのを余儀なくされた。
end

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