暗い部屋の中。
朝とは違い静寂を身に纏い、月が空を制している。
時折、フクロウのような声が聞こえるが本当かどうかは分からない。
もしかしたら死神が駆り損ねた魂が世界を彷徨って鳴いているだけということも、この世界では有り得るのだから。
「眠る前に何かを考えていらっしゃいましたら目が覚めてしまいますよ」
その暗闇の中に、より深い闇を纏いし者がシエルにシーツを掛けていく。
ドロリとした声音が全身に纏わり付くような感覚がして、相手は本当に闇の者なのだと改めて実感した。
「問題ない」
「目は元々覚めている・・・ですか?」
揶揄するような言い方に、シエルはムスっとする。
きっと冷える前にベッドに入れという言葉を無視して仕事をしていたのが気に食わなかったのだろう。
仕事をしなければしないで怒るくせにと心の中で悪態をつく。
口に出せばまた長々と説教をされることは目に見えているからだ。
「もうベッドに入ったんだから、ちゃんと眠る」
「そう言って本を読む気ではないでしょうね」
「今日は読まないから、そんな睨んでくるな」
シエルは本が好きだ。
しかしセバスチャンの機嫌を損ねてまで読みたいとは思わない。
それに、これ以上心配させるのも不本意だ。
シエルはもう一度、ちゃんと眠ると言いながら手を伸ばしてセバスチャンの手を掴む。
相手を安心させるために。
「・・・いつもこれくらい素直だと可愛げがありますね」
手を掴まれたセバスチャンは驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐ意地悪気な笑みを浮かべながら膝を折り視線を合わせる。
シエルの手を握り返す手はどこか温かく、自分が冷えていることに今更ながら気が付いた。
「いつも可愛げがなくて悪かったな」
「憎まれ口ばかり叩く貴方も可愛いと思いますが」
思いが通じ合ってから憎まれ口は大分少なくなったと思うが、セバスチャンにとってはまだまだ多いらしい。
若干首を傾げるが、頬に口付けられればそんな考えは霧散してしまう。
静寂の中では口付けの音も大きく響き、妙に羞恥が込み上げてくる。
けれどそれと共に喜びが胸を満たし、口元を緩めさせた。
「何かいい事でもありましたか?」
「なぜだ?」
「・・・いえ、なんとなくです」
誤魔化すように微笑むセバスチャン。
今の自分はいつもと違ったように映るのだろうか。
答えを求めるように見つめるが、セバスチャンは答えない。
「さぁ。早くお休みにならないと明日が辛いですよ」
「あぁ」
答えないのならばそこまでだ。
無理して聞き出す理由は無いのだから。
けれどどこか寂しいような気持ちを抱えながら、握っていた手を離した。
するとセバスチャンは赤い瞳をより輝かせて、いつもとは違う笑みを浮かべ顔を近づける。
その笑みが闇そのもののような気がして、シエルは背筋が震えた。
「な、なんだ」
「おやすみの挨拶をと思いまして」
「挨拶・・・?んン!」
聞き返せば唇が重ね合わさり口を塞がれる。
いきなりの出来事に驚き咄嗟に胸板を押しやるが力が敵うわけが無く、手を添えた状態になった。
いつも蕩けるような甘さをもつソレは、今日はどこか別の熱を持っている気がして落ち着かない。
けれどその正体は掴めなくて。
「っはぁ・・・」
離れた唇を見つめながらもっと欲しいと願うも、どこか本能的な何かがそれを止めさせるから。
悪魔な恋人の頬を撫でながら、
「おやすみ、セバスチャン」
今日の終わりを告げる言葉を吐いた。
end

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