(“いっしょに”の続き)
その日が来た。
最期の日が。
愛する者との、お別れの日が。
― さよならは、言わないから。―
身体が軽いことは、ずっとずっと前から知っていた。
けれど今日はより軽く感じられる。
風が吹けば、どこかに飛んで行ってしまうのではないかと思える程の軽さだ。
そんな筈がないだろうと自嘲する自分もいれば、これから飛んで行ってしまうのだと冷笑している自分もいた。
「ここは?」
「悪魔の聖域と言われている場です」
シエルを抱きしめながら、奥へ奥へと進んでいく。
どこか遠くで鴉の鳴き声が聞こえたが、そんな声など今のセバスチャンに届くわけがない。
一秒でも長く、一秒でも強く、この愛すべき存在を感じていようと意識を全てシエルに注いでいた。
「一応悪魔にもそういう場所があるんだな」
「まぁ本当に一応、なんですけれどね」
興味津々なシエルの様子にセバスチャンは苦笑する。
「一周回りますか?」
「いや、いい」
意味を含んだ問いかけに、迷いなくキッパリと返される。
その返しに、これでこそ我が主と思える自分が救いだった。
サク、サク、と草と共に音を立てながら、ついに最期の場所が見えてくる。
廃墟にも見えない場所に、1つの椅子。
それを目にした途端、草音が鈍ったのをシエルは気が付いただろうか。
もし気付いたとしても、きっと彼は何も言わないだろう。
もう彼は覚悟を決めている。
覚悟を決めていなければ、“嫌い”だと私に『嘘』をつく必要など無かったのだから。
「こんな場所で申し訳ありません」
固い椅子に座らせて頭を下げれば、シエルはクスリと笑った。
「別にどこでもいい。むしろ最期に悪魔と聖域とやらに連れてきて貰えるなんて思わなかった」
「ベッドの上でも良かったんですけどね」
「根っからの変態だな、貴様は」
他愛無い話しで、セバスチャンもつられて口元に弧を描く。
けれどそれは半分、振りなのだとバレてしまっているだろう。
だがシエルの口元に描かれている弧は偽物ではなかった。
「セバスチャン」
手が伸ばされ、優しく頬を撫でられる。
そして『ご』の言葉に口を形造ったのを見て、いつかの日のようにそれを自分の唇で塞いだ。
謝って欲しくなど無い。
愛し合ったことを後悔などしていないのだから。
それに。
今謝ったって、貴方は結局いなくなるのだから。
「んッ・・・んん」
全てを奪い取るような口付け。
甘さなんてどこにもない。
最期の口付けなのに、なんて酷い奴なんだろうと我ながら思う。
けれど押さえることなど出来ない。
最期なのに?違う、最期だから。
このまま奪えたら、どんなにいいのだろうか。
可笑しな話だ。
これから奪うというのに、奪いたいと思っている。
「ふぁ・・・セバス、チャン」
「坊ちゃ、ん」
欲しい。
欲しくてたまらない。
魂だけじゃ足りない。
貴方自身が欲しい。
貴方の存在が欲しい。
なのに。
あぁ、仕方の無いことなのだ。
悪魔じゃなければ、なんて思えるわけがない。
悪魔だったからシエル・ファントムハイヴに出会えたのだ。
この自分の存在を恨むのは筋違いというものだろう。
けれど、どうしても思ってしまう。
どうしてこの人間と同じ人間に生まれなかったのだろうか。
同じ時間を同じように、一緒に、歩いて生きたかった。
それを受け止める覚悟が私には出来ています―――
そんなことを言った自分が馬鹿だった。
出来るわけが無かったんだ。
「ん、ふぅ」
トントン、と背中を叩かれる。
きっと息が苦しいのだろう。
あぁ、もう時間ですか。
きっと唇を離したら、彼はこう言うだろう。
セバスチャンは名残惜しげに唇を離し息を吸って、呼吸を止める。
それくらいしなければ、このまま自分は叫んでしまうだろう。
「セバス、チャン。もう時間だ」
「・・・」
ギリリと唇を噛んで、全てを我慢する。
ここで今自分の望みどおりのことを1つでもすれば、それはシエルを傷つけてしまうだろう。
最期はお互い笑顔で終わりたい。
馬鹿みたいに、笑顔で。
「坊ちゃん」
「セバスチャン」
「楽しかったですよ、貴方と出会ってから」
「暇が無くて良かっただろう」
「えぇ、貴方との毎日は、忙しくて、これほど人間にコキ使われたのは、初めて、で」
「あぁ、だろうな」
「執事という役柄も、もう完璧に、憶えたでしょう」
「ふん、僕にしてはまだまだだが、他の連中からならば及第点が貰えるんじゃないか?」
「相変わらず、手厳しいですね。最期、まで」
「あぁ、僕は誰に対しても厳しい。だが、お前との人生は悪くなかった」
「・・・ッ」
「これからも、傍にいる。お前は、悪魔らしく、悪魔として、生きろ」
「・・・坊ちゃんっ」
愛しています。
愛しています。
愛しています。
愛しています。
愛しています。
愛しています。
愛しています。
愛しています。
ずっとずっと、誰よりも何よりも。
「愛しています」
「ん」
最期の告白にも言葉の返事はなく、シエルは自分からセバスチャンに口付けた。
けれどそれで気持ちは十分に伝わる。
これからも傍にいる。
だから。
さよならは、言わない。
「シエ、ル」
悪魔の流した涙は、まるで流れ星のように
固いコンクリートに受け止められて
消えていった。
end
【あとがき】
「いっしょに」の続きを書いてしまいました!(笑)
後に幸せルートへの続きを書きますのでッ!!wwww

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