「っ・・・くぅ・・・」
シエルは近くにあったクッションを引き寄せて漏れ出す息を殺す。
まるで全身を舐めまわす様に動く手は、だんだんとシエルの思考を奪っていく。
「そろそろ素直になれば?シエル・ファントムハイヴ」
アロイスはねっとりと絡みつくような声音で囁く。
その間にも手を休めることなどせずにシエルを攻め立て、楽しそうに口を弧に描いている。
こんな奴に・・・この僕が・・・っ!!
シエルは抵抗しようとアロイスの手を掴むが、もはや力も入らず手を添えるだけのような形になってしまう。
そんな様子に気を良くしたのか、アロイスは手の動きを止め、シエルに顔を近づける。
「ねぇシエル。俺、ずっとシエルとこうやって遊びたかったんだ」
「・・・」
「俺は今凄く楽しいよ。シエルは?」
「・・・楽しいわけあるか」
近づいたアロイスを避けるように顔を背ける。
こんな状況、誰が楽しめるというんだ。
「えぇ?そうかなぁ?さっきあんなに・・・」
アロイスの手が再び動き出す。
力加減を絶妙に調節された指先。
「~~~!!・・・ふ・・ぅ・・・」
シエルはまた漏れ出す息を殺すためにクッションに顔をうずめる。
と。
「坊ちゃんっ!!!」
部屋の扉が勢い良く開き、怖い形相をしたセバスチャンが入ってきた。
「「セバスチャン?」」
ノックも無しに部屋に入ってきた執事に驚いた二人は、声を揃えて名を呼ぶ。キョトンとした二人の表情にセバスチャンは一瞬首を傾げるも、シエルがアロイスによってソファに押し倒されている状況を見て、瞬きの間にシエルを自分の胸に抱きかかえる。
「ちょっ!何するのさセバスチャン!」
いつの間にかシエルを取られたアロイスはセバスチャンに怒鳴る。
けれど
「何するですって?」
「っ?!」
剣幕はセバスチャンの方が数段上だった。
「そう言う前に貴方が今坊ちゃんに何をしていたのかを考えて頂きたいですね」
「はぁ?」
シエルを力強く守るように抱きしめながら言うセバスチャンの言葉に、今度はアロイスが首を傾げる。
いきなりセバスチャンに抱きかかえられ、二人のやりとりを見つめていたシエルも同じく首を傾げるが、すぐさまセバスチャンが何を言っているのか思い当たる。
「待てセバスチャンっ!」
シエルは焦るようにセバスチャンの腕の中で声を上げ、落ち着かせるように背を優しく叩く。
まるで子供を宥めるように。
「きっとお前は誤解している!」
「誤解、ですって?」
シエルの言葉に、少しだけ表情が緩む。
「お前、僕がアロイスに襲われていたと思っただろう?」
「えぇ?」
セバスチャンより先にアロイスがその言葉に驚く。
しかしすぐにアロイスもセバスチャンが勘違いしていたことを理解して、高い声で笑い出す。
「あっははは!そうだったんだぁ!セバスチャンそんな勘違いしてたんだ!お前意外とおっちょこちょいだな」
「アロイス、笑いすぎだ」
「・・・あの、坊ちゃん?」
一人状況が読めないセバスチャンは助けを乞うようにシエルに声を掛ける。
「アロイスと僕でさっきジャンケンをしたんだ。そしたら僕が負けて」
「罰ゲームとして俺がシエルをこちょばしてたってわけ」
理解した?いつかの旅人さん?
シエルの言葉を奪ってアロイスがニヤニヤしながらセバスチャンに説明する。
せっかくシエルと遊んでいたのを邪魔されたのを少し怒っているのだろう。
まぁ勘違いとはいえ、いきなりあんな睨んだんだ。少しくらい嫌味を言われても仕方がない。
セバスチャンは、うっと表情を詰まらせて、申し訳ありませんでした、と頭を下げる。
「ほら、別に僕は大丈夫だから手を離せ」
「・・・はい」
セバスチャンがシエルを抱きしめる腕を少し緩めると。
「あ~あ、セバスチャンにはクソいいところを邪魔されちゃったなぁ」
アロイスが意趣返しのように、いつもより大きいトーンで悪態をつき始める。
緩めた筈のセバスチャンの腕がピクリと反応する。
「こちょばしくて笑っちゃいそうなのを堪えるシエルの顔!真っ赤にしちゃって超絶に可愛かったのに」
「おい、アロイス待て・・・」
この後のことを考えると被害に合うのは必ず自分だと予想したシエルは、アロイスを止めに入るが苛立ってしまったアロイスが止まる筈もなく。
「意外と太ももの裏とか弱いんだね。あの時、ちょっとヤバイ声も出ちゃいそうじゃなかった?」
「なっ!!」
頼むからそれ以上は何も言うなっ!!
心中で祈るように叫ぶが、もう遅い。
セバスチャンは先ほどよりも強い力でシエルを抱きなおす。
「っ!!」
「・・・坊ちゃん」
今夜は長そうですね?
優しい声音でそっと小さく囁く。
それは酷く甘くて。
それは酷く恐ろしい。
あぁ、だからアロイスと遊ぶのは難しいんだ。
シエルは小さくため息をつく。
「では、参りましょうか」
セバスチャンはクスリと笑いながら、抱きかかえたシエルを連れて部屋から出て行こうと立ち上がると、アロイスが声を掛ける。
「ちょっと、シエルをどこに連れて行くの?」
「生憎、坊ちゃんは今後の予定が詰まっておりまして。貴方なんかと遊んでいる暇はないのですよ」
にっこりと微笑み返すセバスチャン。
「へぇ?シエルはそんなこと言っていなかったんだけど?」
負けじとアロイスも微笑み返す。
そんな二人の間に火花が散る。
ったく。本当にどうしようもないな、この二人は。
この状況をどうしようかと困っていたシエルだが。
コンコン。
火花が散るにも関わらず、静かに扉を叩く音。
入れ、と短く答えると、開いた扉の向こうにはクロードの姿。
「お取り込み中申し訳ございません。シエル坊ちゃんにお電話です」
「僕に?」
電話はどこに?と尋ねると、お取り込み中でしたので執務室の方に・・・と答える。
「分かった。すぐに行く。セバスチャン、僕を下ろせ」
「え、ですが・・・」
「相手を待たせているんだ。早く降ろせ」
命令だ。
当主の顔になったシエルにセバスチャンは逆らうことが出来ず、しぶしぶと腕から開放する。
地面に足がついたシエルは振り返り、アロイスを見る。
「罰ゲームはこれで終わりだ。これから僕は仕事をしに行くから、遊びはまた今度」
「あ、シエル・・・」
そしてそのままクロードと一緒に、さっさと部屋から出て行ってしまう。
「・・・」
「・・・」
しばらく扉を見つめていた二人だが、互いにお前のせいだっ!と涙目で睨み合った。
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「ふぅ・・・」
クロードと共に執務室に向かいながら息を吐くと、お疲れ様です、と声が掛かる。
「本当にあの二人は困ったものだ」
「そうですね」
クロードはシエルの言葉に無表情で受ける。
けれど心中では。
昼を夜に。
砂糖を塩に。
生者を骸に。
そして、美しい坊ちゃんを私の手の中に。
一人で舞い上がっていたりした。
(勝者・クロード)
END
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あとがき
黒執事Ⅱの6話を見て、すぐに書きましたww
モテモテの坊ちゃん、私的にツボですww

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