たとえ貴方がどんな人であろうとも、
貴方であるならば。
私は満足です。
― 君は君だから ―
「おい、アロイス」
「何さーシエル」
アロイスは足をバタバタさせながら顔を顰める。
子供みたいな振る舞いにシエルはため息をつきながら、視線を書類の方に戻す。
「そろそろ自室に戻れ。ここにいてもお前と遊ぶ時間はない」
「それでもいいよ。俺はただシエルがいる場所にいたいんだよねぇ」
ソファに横になりながらアロイスはクッションにしがみつく。
どうやらここから離れないという意思表現らしい。
まぁ、こう言ってもアロイスが部屋から出て行かないのは分かっている。
しかも力でも叶う事はないので、無理やり部屋から引っ張り出すのも無理。
別にアロイスが仕事の邪魔をしているわけではないので、絶対的に追い出したいわけではない。
けれど、こうも視界の端でウロチョロされると正直目障りだ。
セバスチャンやクロードを呼ぶのも一種の手だが、どうしたものか。
「今部屋から出て行けば、後で一緒にチェスしてやるから」
「そう言って前は別の用事が出来たとか言って、してくれなかったよね」
「…今回は別の仕事は入ってこない」
「本当に?」
「あぁ。セバスチャンにケーキでも焼かせて、それを食べながらチェスをしよう」
シエルは嘘をペラペラと口にする。
顔には、いつか学んだ笑顔を貼り付けて。
アロイスは、それもいいね、と同じように微笑みながら返してくる。
けれどシエルは分かっている。
本心では、そんなこと1つも思っていないことを。
シエルは書類を置き、顔の前に腕を出す。まるで盾にするように。
すると予想通り、アロイスが持っていたクッションがこちらに飛んできた。
ボスリと音を立てて、クッションはシエルの腕に当たる。
もう少し手を出すのが遅かったら顔面に直撃していただろう。
痛くはないだろうけれど。
「なんだ、やっぱり予想してたんだ」
アロイスはつまらなさそうに言う。
「お前はすぐに手を出すからな」
「じゃぁシエルはいつも口が出てるんだね」
シエルを馬鹿にするように、口を開けて舌を突き出す。
その舌には刻印が。シエルの瞳に刻まれている模様とは違うけれど、それは同じ意味を表す。
シエルはアロイスの仕草に少々苛立ったが、それを顔に表さずに返す。
「僕はお前と違って頭を使うからな。でも少しは気をつけろ。僕に手を出したら奴が来るぞ?」
奴とは言わずもがな、セバスチャンのことだ。
セバスチャンは僕とアロイスが二人切りになることを今だに良しとはしない。
本当に執着してくる男だ。
アロイスもそう思っているのだろう、シエルの言葉に舌打ちをする。
「アイツって本当にしつこい奴だよね。俺たちを見る目がクソウザイよ」
「お前が言うな…」
「けどもしアイツが来ても、俺にはクロードがいるから大丈夫!」
勢い欲立ち上がり、両手を腰に当て自慢げに言うアロイス。
アロイスはクロードに絶対的な何かを置いている。
信頼…ではなさそうだが。
シエルは目を細めながらアロイスにクッションを投げ返す。
「前にそれで何が起こったか憶えているか?」
「前?」
「お前が僕に悪戯して、セバスチャンが怒った時だ」
シエルが言うとアロイスは少し考え、すぐに、あぁ!と声を上げた。
「一日中、争っていた時だ!」
そう。
あの黒執事たちは、最強の駒にして最強の執事。
主人に手を出されたとなれば、戦うことは当たり前。
セバスチャンはアロイスを〆る為に。
クロードはアロイスを守る為に。
両者は一歩も引くことなく、争い合っていた。
「あれ結構楽しくなかった?」
「楽しいわけあるかっ!」
「えー。だっていつの間にか僕たちの為に戦っていたことを忘れて、執事としての美学の言い争いまで始めたんだよ?あれは見ててクソ面白かったよ」
すんごい馬鹿だったよね。
その時のことを思い出しているのか、クスクス笑い始める。
シエルは逆にげんなりしてくるのだが…。
もうあんな主人とのラブラブっぷりを自慢し始める執事共の戦いなんて見たくもないし、聞きたくもない。
というよりも、あそこで殺してやろうかと思った。
「とにかく、だ。アイツらはただでさえ、いつも喧嘩していて鬱陶しいんだから、これ以上面倒を増やすな」
「それって結局俺のために言ってくれてるんじゃなくて、自分自身の為じゃん」
「当たり前だ。どうして僕がお前の心配なんてしなくちゃいけない」
「本当につれないなぁ、シエルは」
ワザとらしく大きなため息をつく。
シエルはその姿を見て、ピクリと眉を寄せた。
こういう雰囲気のアロイスは何か考え付いたときだ。
無駄なお喋りが過ぎたか…。
シエルは手元にある書類を確認する。
今日の最低限の仕事は終わっている…か。
本当ならば、明日の仕事にも手を伸ばしたかったが仕方がない。
少しくらいは相手をしてやる。
「僕は自分の利益になる時にしか動かない」
「また嘘だね。シエルはお人よしだよ」
「ふん。おめでたい奴だな」
「ねぇシエル」
アロイスはニヤリと笑う。
「君はどうしてそんなに綺麗なんだろうね」
「はあ?」
シエルは声を上げる。
今までの会話の流れから、どうしてそんな言葉が生まれてくるのかが分からない。
正直、シエルにはアロイスの思考を読むのが不得意だ。
人間としての本能、理性、それらが少しずれているのがアロイスだ。
常識が通用しないのは裏の世界ではいつものことだけれど、なぜかアロイスは特に。
流石、人間外の執事を持つだけはある。
しかしそれを口にしたところで、自分にも少なからず何か跳ね返ってくると分かってるので、言葉にはしない。
「クソにまみれているのに、その姿は穢れを知らない。キーキー鳴いているにも関わらず、その声はまるで子守唄。威勢がいいのもご愛嬌。本当にシエルは面白いよ」
どこか寂しげな声。
「魂もさぞ美味しいだろうね。なんなら俺が食べてあげようか?」
セバスチャンの切れる顔を見るのも好きだし。
「おい、やめておけ。本当に奴が来るぞ」
「いいよ、別に」
「僕がよくない」
「俺はいいんだ」
クルクルと回り始めるアロイス。
口元は笑っているが、目はどこか空ろ。
あぁ、本当にめんどくさい奴らばっかりだ。
シエルは椅子から立ち上がり、回り続けるアロイスの方へと進む。
そして手首を掴み、睨み挙げる。
「穢れを知らないだと?笑わせてくれるなアロイス。悪魔を呼び出した者が穢れを知らないなんてことあるか」
「そういうところが綺麗なんだよ」
「馬鹿執事みたいなことを言うな」
「皆がそう思っている証拠だね。シエル」
掴まれていない手でアロイスはシエルの頬に触れる。
その手は悪魔の手より冷たいのはなぜだろう。
「どんな時だって君の魂は前を向き、凛と背筋を伸ばす。誰かに助けを乞うこともしないでさ。立派だねシエル」
「アロイス?」
「己の力で先を見る力はどんなにクソにまみれたって消えはしない。俺と君は同じなのに、こんなにも違う」
「・・・」
「あははは!俺はねシエル・ファントムハイヴ。君が大層憎いよ。憎くて憎くてたまらない。君は孤独であろうとしているけれど、実は孤独ではないということに気が付いているんでしょう?」
逆に俺は孤独じゃないと思っているけれど、孤独だと気がついているよ?
頬を触れる手が、カタカタと震え始める。
それは怒りからなのか、悲しみからなのかシエルには理解出来ない。
理解する気もない。
「お前の言葉を借りると、その思考は大層クソだな」
「なに?」
シエルは震えるアロイスの手を叩き落とす。
その目には怒りを隠さず宿している。
そんな姿に圧されたのか、アロイスは少し後ずさる。
「へぇ、怒ったの?シエル」
「あぁ。お前のような腐った脳内から作り出された思考を聞いてイライラした」
シエルは下から見上げている状態なのに、まるで見下ろすかのような威圧感でアロイスに話しかける。
「僕とお前が同じだと?勘違いも甚だしい。そんなワケあるか」
「で、でも!君も僕と同じ境遇で」
「黙れアロイス。境遇が同じ?それが一体何になる。物事の過程が同じだからって、結果が同じであるとは限らないだろう。しかも僕達は人間だ。結果が同じになるなんてことは在り得ない」
同じ種の刻印が刻まれているのだって、足した数字がたまたま同じだったようなものに過ぎない。
シエルは言う。
「お前が僕のことをどう思おうと関係ない。自分は孤独だと嘆くのも勝手にしろ。僕を巻き込むな」
「冷たいなぁ、シエル」
「どうとでも言え。僕は優しくなったつもりなんか微塵もない。ただのお前の勘違いだろう」
「・・・・」
アロイスは視線を足元に落とす。
それを見たシエルは一歩踏み出し、アロイスの胸倉を引き寄せる。
そして目を合わせ、よく聞けアロイス・トランシー、と呻くように言う。
「僕は僕で、お前はお前だ。二度と一緒にするな。いいか?お前はお前なんだ」
「…シエル?」
「違って当たり前だろう。同じな方がおかしいんだ。だからアロイスはアロイスで胸を張ればいい」
たとえ、穢れてしまおうが関係ない。
己の道筋を信じて歩けばいい。
人と比べるなんて時間の無駄だ。
シエルはつまらなさそうに鼻で哂う。
「他人を羨む暇があるなら、それに近づけるように精進しろ」
そんなみっともない顔をする前にな。
胸倉を離し、アロイスのおでこにデコピンをする。
いて!という声にシエルは自業自得だと返す。
「俺のこと、励ましてくれたの?」
おでこを擦りながら、アロイスはシエルに尋ねる。
空ろだった目は、どこかに消え、元に戻っている。
そんなアロイスを見て、内心ほっとしたことは秘密である。
「別に励ましたわけじゃない。苛立ちをぶつけただけだ」
これで話しは終わりだ。
シエルはアロイスに背を向け、自分の執事ではない方の名前を呼ぶ。
するとすぐにノック音が響き、扉が開く。
「お呼びでしょうか、シエル様」
アロイスの執事、クロードが一礼する。
いつも自分が呼ぶのはセバスチャンなので、妙な感覚だ。
「僕はこれから仕事をするから、アロイスをどこかに連れて行け」
「了解しました」
「え、ちょっとシエル?」
まさかクロードを呼んでまで追い出されるとは思わなかったのか、焦ったように名前を呼ぶ。
しかしクロードはシエルの命令通りそんなアロイスの手を掴み、引っ張るように部屋から連れ出そうとする。
…執事が主人に対して、その引っ張り方はどうなんだ。
横目で様子を見ながら呆れかえるが、トランシー家の従者関係に口を挟むつもりはない。
抱きかかえれば早いだろうに…。
それが普通であるかのように考えてしまうシエル。
いつも移動はセバスチャンに抱きかかえられてしまうので、その考えは従者関係として行き過ぎということを忘れてしまっているようだ。
「シエルっ!」
シエルの部屋に居座るのを諦めたのか、逆にクロードの腕に絡みつきながらアロイスは声を掛ける。
そしてニッコリと微笑み、
「ありがとう」
と言いながら、部屋から出て行った。
しばらく扉を見つめていたシエルだったが。
「…ふん」
口元を歪めながら、再び仕事をするべく机へと向かった。
****
「クロードっ」
アロイスはクロードの腕を離し、少し前へと駆けて行く。
「シエルがさ、俺は俺で胸を張れって言ったんだ!」
「・・・」
「やっぱり優しいよね、シエルは」
「旦那様」
名前を呼ばれて振り返ると、眼鏡を外しながら苦笑するクロードの姿が目に映る。
あまり表情を変えない奴なので、こうやっていつもと違う顔をしていると嬉しくなってしまう。
「なに?クロード」
聞き返すとクロードはアロイスと離れた距離を埋め、何も言わずに抱きしめてくる。
何なんだよ、いきなり。
アロイスは首を傾げる。
けれど。
幸せだから、いっか。
アロイスも力いっぱい、クロードを抱きしめ返した。
END
****
『あとがき』というより『懺悔』
7話のアロイスが可哀相だったので、幸せにしてあげようと思って書いたのですが。
ごめんアロたん。全然救ってあげることが出来なかっただよorz
結局この後書いたセバシエverの方が甘甘だよ、こんちくしょー
アロイスとクロードは、ハンパなく書き辛い;;;話し方が分からないっ!ごめんねクロアロっ!!!
イメージとしては、クロはあまり喋らずアロが喋る。逆にセバシエは、セバが喋ってシエルが喋らず。
だから、最後の場面はクロードに喋らせませんでした。(ちなみに冒頭は、最後の時のクロードの思いです)
いや…本当にごめんね、アロイス。。。orz

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