何も見えない。
自分の周りを包み込む闇…目の前が真っ暗だ。
それは当たり前だろう。
なぜなら自分は今、目隠しをされているのだから。
自分の場所は分かるが、その場所のどこにいるのか細かくは分からない。
気絶している間に目隠しされ、そして肢体を拘束され、今ここにいるのだ。
辺りは全くと言っていいほど静かで、自分の鼓動がやけに大きく感じる。
その鼓動の速度も速く、でも妙に落ち着いている自分がいる。
もう自分の結末が見えているからだろうか。
いや、本当に自分の結末が見えているのだったら、もう少し恐怖するものではないのだろうか。
むしろ自分は“この後”のことを考えていないのかもしれない。
冷静を務めるために。
けれど、いずれかはこうなることも分かっていた。
自分が歩んでいる世界はこういう世界だ。
勿論、本当に力ある者は自分の状況に陥ることはないのだろうが、自分は弱者だと理解していた。
使い捨ての駒であると。
カツン、カツン。
少し遠くから足音が耳に聞こえてくる。
人数は一人。
音の質からいって、自分が先ほど相手をしていた奴とは違うようだ。
奴の足音はもう少し軽く、そしてこんな高質な音を立ててはいなかった。
そうだな…どちらかというともう少し安っぽい、ただの外で履くような靴の音。
ギィ…。
足音の持ち主はどうやら、自分が今いる所の扉を開けたらしい。
ということは自分はきっとターゲットの屋敷の部屋にいるのだろう。
もしかしたら地下室かもしれないし、あるいはもっと別の場所なのかもしれない。
「随分と冷静な方ですね」
貴方を選んで正解でした。
足音と共に高質な声。
どこか気品があるようで、しかし確実に狂気を孕む声。
目隠しされているから分かる、人間とは思えない何かを宿している感じがする。
自分は無意識に身体を固くし、唇を噛んだ。
「いつもなら殺されてしまっているか、すぐに殺してしまうのですがね。現に他の二人は生け捕りにすることが出来ずに殺してしまいましたし」
怖い台詞を淡々と紡ぐ相手。
自分の相手をしていた奴の他に、あと二人もいたのか。
いや、逆だろうか。こんな大きな屋敷であり、大きな名を背負っているのにあと二人しかいないのか。
しかも自分が相手した奴は、年齢的にまだ子供とも取れる少年だった。
ただし力だけは別格という、人間とは思えない少年だったが…。
「まぁ、無駄話もなんですね。単刀直入にお聞きします」
コツリコツリと先ほどよりもクリアな足音を響かせながら相手は自分に近づいてくる。
そして目の前でしゃがむ気配がした。
まるで化け物に睨まれているかのような感覚。
自分は唾を飲み込んだ。
「貴方は誰の命令によって、我が主を殺そうとしたのですか?」
「…しら、ねぇ」
「知らないわけがないでしょう?貴方は誰かの命令でここに来た。個人的な用事だったなんて言わないでくださいね」
馬鹿にしたような笑い声。
だが、本当に笑っているわけではないということは、分かっている。
それでも自分は首を横に振った。
「自分の上から言われただけで、その上が誰に言われたのかは知らねェ…」
「では、貴方の上の方のお名前は」
「先日この屋敷に来た筈だが?」
「あぁ…では、もう死んでしまっていますね」
相手の言葉にやはりそうか、と息を吐く。
別に思い入れがあった上ではない。それに死んでいることはとっくに知っていた。
自分たちのアジトに帰って来ないと分かったときから。
そして、今度は自分の番だ。
「早く殺せばいいだろう」
「おや、命乞いはしないのですか?」
「この世界に足を踏み込んだ時から死を覚悟している」
「…もしかしたら、貴方は主人に気に入られるかもしれませんね」
少し驚いたような声音に自分の方が驚いた。
まさかこの屋敷の奴隷にさせられてしまうのではないか、と。
だがその不安はすぐに打ち砕かれる。
「ですが、私の大事な坊ちゃんに貴方のような人間を会わせることなど…私が許しません」
「…そうかよ。だったら早く殺せ」
「まったく。冷静すぎるのも問題でしたか」
「ぐッ」
いきなり頭を掴まれ、持ち上げられる。
足が浮くことはなかったが、上半身は完全に持ち上げられている。
掴まれた頭は割れそうなほど痛く、ミシミシと嫌な音が耳の中で響いていた。
やはりコイツは、人間じゃない。
「では最後に1つお聞きいたします。貴方のアジトの場所は?」
「ぐ…ぁ…そ、そうだな…」
死が目の前に迫っているにも関わらず、自分は口元に弧を描き言う。
嘘ではないが、正解でもない答えを。
相手は“それ”に気が付くだろうか。
自分がどうして試して遊ぶようなことをするのかが分からない。
だが自分は一緒にいた連中の中でも頭が回る方だったと自分でも分かっている。たとえ捨て駒だったとしても。
だから普通ならば知りえない情報も実は握っていたりするのだ。
それをこの相手に言うつもりはない。
けれど、それで“遊ばない”こともない。
結果を見ることは出来ないが、死ぬ前にコレくらいの悪戯は許されるだろう?
「…言う、なれッば、城の…なか…?へへへッ~~~!」
「あっそうですか。大切な情報をありがとうございました」
「ぁ…」
先ほどとは比べ物にならないほどの力を頭で感じ、世界が堕ちていく。否、自分が世界から堕ちていく。
その間際に自分の目隠しが外れ、この世界から堕ちる前に見た最後の景色は。
赤い、赤い。
なんとも美しい瞳だった。
「結局、得た情報はゼロですか…」
ドサリと人間だった物を手放し、ため息をついた。
どこまでも冷静な態度に少し遊んでやろうかとも思ったが止めた。
こういうテの人間は自分が何をしようが、言うように誘導しようがその答えの単語は絶対に口にはしない。
そんな人間を一番身近で見ているので、よく分かっていた。
「先日の方も、結局口を割りませんでしたし」
それが彼の上の方だったのかもしれませんねぇ。
そう。
実は相手から情報を聞き出すのはこれで3回目。
どうやっても、他の二人からも情報を引き出すことは出来なかった。
1つも情報が引き出せないとはどういうことなのだろうか。
もしかしたら、本当に何も知らない連中がこの屋敷に来ているのかもしれない。
ただ『シエル・ファントムハイヴを殺せ』のと言葉だけを持ちながら。
なら情報を引き出すのは無理だろう。
だが、情報を引き出せるものはこの屋敷に来る人間しかないのだ。
他に動きがどこにもないからだ。
「一週間のうちに3回の襲撃…そして、下には一切知ることが出来ない情報。すなわち、絶対に洩らしてはならない情報…」
一週間のうちに3回も襲撃されるのは極めて稀なことだが、もっと稀なのは捕らえた人間が口を“割れない”ことだ。
頭が回る人間が絡んでいるに違いない。
「あぁ、今回のは少しばかり厄介ですね」
シエル・ファントムハイヴの執事。
そして。
シエル・ファントムハイヴと契約する悪魔は、
眉間に皴を寄せて、その部屋を後にする。
主人の無事を自分の赤い瞳で確認するために。
「どう動きますか?坊ちゃん」
見えない敵。
見えない道筋。
けれど、すでに始まっている。
ゲームという名の、
シナリオが。
― GameⅣ ―
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あとがき
40000HITありがとうございます・・・!!
久しぶりのGameⅣ!
是非ともお付き合い宜しくお願いいたします^^

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