「悪魔というものが、どういう生き物か貴方はご存知ですか?」
セバスチャンはシエルにナイティを着せながら投げかける。
暗い部屋を灯す蝋燭の光のせいか、その表情はいつもよりも冷たく感じられる。
シエルはその問いに一瞬目をしばたせるが、すぐに鼻で哂う。
「悪魔ならば目の前にいるが?」
「その悪魔の本質ですよ」
ナイティのボタンを上まできっちりと閉める。その動作は機械的であり、全く無駄がない。
まさかこの有能な執事が悪魔だと誰も思わないだろう。けれど逆に完璧過ぎるが故に悪魔だと思えるだろう。
シエルは目の前にいるその悪魔が何を言いたいのか理解が出来ず、眉間に皴を寄せる。
「言いたいことがあるならハッキリ言え」
「おや、何をイライラなされているのですか」
私はただ質問をしただけですよ?
シエルを、否、人間を馬鹿にしたような笑い方で哂う。
今まさに、『このお前』こそが悪魔の本質だろう。
「その哂い方をするお前が悪魔の本質だな」
投げ捨てるようにシエルは言い、床についていた足をベッドの上に乗せる。
「そもそも、本来の悪魔がどういう生き物かなんて僕に分かる筈がない」
たとえ、セバスチャンというお前が目の前にいたとしてもな。
セバスチャンはあくまで執事。
人間らしく振舞えと命令してある。
時に悪魔らしい言動、そして人間外の行動を見せるが、それが悪魔本来の姿とは言えないだろう。
だからシエルは、悪魔なセバスチャンを見たことがないと言っても過言ではないものなのだ。
「知りたいとは思わないのですか?」
ナイティを着せるために身を屈めた状態のまま聞いてくる。
はたから見たら、その身を低くした状態は主人に仕える従者の姿。
けれど今のコイツは違う。
大人が子供に話しをするときの姿だ。
ようするに。
「思わないな」
セバスチャンは何かをシエルに言い聞かせようとしている。
執事としてではなく、上から目線の悪魔として。
シエルは興味がないように、ボスリとベッドに横になる。
そして悪魔との契約が刻まれた瞳を自分の手で覆い、哂う。
「知ったところで何か変わるわけではない。得することもないしな」
「損得が全てですか」
「それ以外に何か大切なものがあるか?」
「いえ。坊ちゃんらしいです」
セバスチャンは立ち上がり、苦笑しながらシエルを見つめる。
利益のないものに手を出して何の意味がある?
たとえ利益があったとしても、今は手を出さないのが得策だ。
正直、今コイツが何を考えているのか分からないからな。
シエルは警戒し、素早く話しを切り上げようと試みる。
「だからお前がどんな執事であろうと、どんな悪魔であろうと僕には関係ない」
「そうでございますか」
「意味のない質問はするな。時間の無駄だ」
きっとこの後、それは失礼しました、と嫌みったらしく言ってシーツを僕に掛けるだろう。
そしてこの部屋から出て行って、この妙な会話は終了だ。
シエルはそう予想し、目を細めた。
だが。
「では・・・」
セバスチャンの口から出たのは、予想の言葉ではなく。
「身体を重ね合わせる私・・・でしたら?」
会話の続きだった。
「・・・は?」
まさかそういう展開になるとは思わなかったシエルは思わずそのまま返してしまう。
コイツ、今何て言った?
「どんな執事であろうと、悪魔であろうと関係ない。でしたら、身体を重ね合わせる私でしたら関係ありますか?」
固まるシエルに対して、先ほど言った言葉を綺麗に説明する。
そしてシエル一人ならば有り余るほどの大きいベッドの端に腰を下ろす。
主人にその行動の許しを得ないソレは、まさに夜の戯れ中の姿。
「身体を重ね合わせる相手のことを、知りたいとは思わないのですか?」
関係がないとは言えないでしょう?
音を立てずに伸びてくる腕。
シエルは反射的に飛び起き、後ろの壁際まで身体を寄せる。
ベッドの上なので逃げ場など、いや、この悪魔から逃げられることなど出来はしないのだが。
シエルは殺意を剥き出しにしてセバスチャンを睨みつける。
「・・・お前は僕に知って欲しいのか?」
「そうだと言ったら?」
「なぜ知って欲しいのか理由を言え」
「理由など、必要でしょうか?」
壁際に逃げたシエルを追いかけ、また腕が伸びてくる。
シエルはそれをパンと叩き落した。
「まさか悪魔のお前が、自分を求めて欲しいと思っているわけじゃないだろうな?」
「・・・」
その言葉にセバスチャンの瞳が、一気に紅色に染まる。
この執事が見せる姿、唯一の悪魔の片鱗。
ここでその姿を見せることは、シエルの言葉の肯定としかならない。
「貴様は何を企んでいるんだ・・・」
「企んでなどいません。ただ坊ちゃんに本来の私を見て欲しいだけです」
「悪魔のお前を、か?」
「はい」
叩き落した腕を再び伸ばし、シエルの唇に触れる。
今度は逃げもせず、叩きもせずに受け入れる。
唇をゆっくりと撫でる動作は、この悪魔が舌で唇を舐める時と酷く似ている。
それだけで、身体に刻み込まれた快楽が緩やかな波となって体に溢れてくる。
「どうして今更知って欲しいだなんて言うんだ」
「さぁ、なぜでしょうかね」
セバスチャンは珍しく悲観的に笑う。
「もしかしたら、悪魔という生き物の恐ろしさを知って恐怖に染まる貴方の姿を見たいだけかもしれません」
「最悪だな、貴様」
「えぇ。悪魔ですから」
「・・・ふん。そうだな」
シエルは唇に触れる指先は無視し、セバスチャンのネクタイを自分の方へ引っ張る。
それはネクタイを解くためではなく、自分の方に引き寄せる為。
前のめりになりながら、セバスチャンはシエルに近づく。
「僕は悪魔のお前と身体を重ねる」
「はい」
「もしも今知らないお前の本来の悪魔の姿を見たとしても、それは変わらないと思うが?」
ネクタイを引っ張ったまま、シエルはセバスチャンに口付ける。
すでに薄く開いていた蓋をよりこじ開け舌を差し込み、いつもセバスチャンがやるように口内を執拗に犯していく。
たまにセバスチャンが主導権を握ろうと舌を絡めてくるが、素早くソレから逃げる。
暗闇に響く水音。このまま夜の戯れへといくのが常だが。
シエルはセバスチャンの腕が己を抱きしめようと伸びてきたところで、唇を離す。
「はぁ・・・」
「私を焦らしているのですか?」
「あぁ・・・そうだな」
命令だ、お前からは動くな。
そう一言シエルは言うと、今度はセバスチャンのネクタイを解いていく。
その時の表情はまさに妖麗で、悪魔であるセバスチャンすらゾクリと背筋が震える。
「よく考えろ」
シエルはゆっくりした動作で、次はセバスチャンのボタンを外していく。
「どうしてお前自身を僕に知って欲しいと思ったのか」
「だからそれは」
「僕を恐怖に染まらせたい、というのが本心なら別にいいが」
まぁ、僕が恐怖に染まるかは分からんがな。
ニヤリと哂うシエル。
セバスチャンの全てのボタンを外し終え、上半身が露わになる。
しかしシエルはまだどこも乱れておらず、ナイティのボタン1つ外されていない。
こういう状況はあまりない。
シエルは再び口付けをすると、首元に顔をうずめて所有印を残す。
その瞬間、セバスチャンの身体はピクリと反応するが、命令通り動くことはない。
「どんな悪魔であっても、僕はお前を手放す気はない」
たとえ。
「無様で、醜悪で、えげつない姿だとしてもな」
「っ!!」
シエルの言葉にセバスチャンは息を呑む。
いつだって己の主人はまっすぐだ。
月のように冷たい輝きを放ちながらも、相手を包み込む力を持っている。
自分と出会わない運命だったら、どれほど暖かい人間だっただろうか。
しかしそんな運命はもはや屋敷と共に焼け落ちた。
今、己と出会ったことが最高にして美味な運命だ。
「私も貴方を手放すつもりはありませんよ」
セバスチャンは微笑む。
「もしも貴方が本来の悪魔の姿に恐怖し、泣き喚いたとしても、貴方は一生私の物です」
決して逃がしはしませんよ。
悪魔は微笑む。
「あぁ、それでいい」
シエルは満足そうに頷くと、セバスチャンの首に腕を巻きつかせる。
「お前はやっぱり面倒くさい奴だ」
「え?」
「・・・分かっていないならいい」
悪魔も不安になることがあるんだな、と嫌味の1つでも言ってやろうかと思ったけれど、シエルは口を閉ざす。
今お前が思っている感情が『不安』というものなんだ、と教えてやっても認めない可能性もあるし。
逆に『不安』という名目のもとに、いつも身体を求められるかもしれない。
ならば、自分がその不安を感じ取って上手く手綱を引き、取り除いてやればいい。
悪魔のセバスチャン。
元からコイツが悪魔だということは理解しているし、今以上に悪魔なセバスチャンを見たところで何とも思わない。
悪魔は恐怖する対象なのかもしれないが、コイツの感情の不器用さを見ていたら寧ろ可愛らしく見えてきてしまう。
嫌味なところは抜かしてだが・・・。
「セバスチャン」
たとえどんな悪魔でも構わない。
それがセバスチャンであるならば。
お前自身であるならば、僕はそれでいい。
「・・・あの、坊ちゃん」
首に巻きついたまま、規則正しい呼吸をするシエル。
セバスチャンが声を掛けても反応はない。
これは、もしかしなくても。
「眠ってしまわれたのですか?」
悪魔をここまで煽っておいて?!
セバスチャンは大きくため息をつく。
動くなという命令はまだ解かれていない。
では悪戯に手が出せないということだ。
「朝まで、このままですか」
悪魔は坊ちゃんの方でした・・・。
苦笑しながらシエルを見つめる。
けれどこのまま朝目覚めて顔を赤くする姿を見るのもいいだろう。
さぞ可愛いに違いない。
そこで嫌味1つ言って怒らせるのも、また楽しい。
「ねぇ、坊ちゃん」
スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てるシエルにそっと囁く。
「どんな私でも受け入れてくださいね」
ありのままの私を、見てください。
「おやすみなさい・・・シエル」
ギュッと抱きしめて、頬に口付けを落とす。
それは。
自分の執事としての美学に反した瞬間であり、本心の行動でもあった。
END
******
あとがき
きっとセバスチャンは『悪魔というものが、どういう生き物か貴方はご存知ですか?』ではなく 『どんな悪魔な姿でも愛してくださいますか?』と聞きたかったんだと思います^^;
本人は分かっていませんけどね(笑)あ、シエルはちゃんと気がついてくれました。
本当は私も、原作チックな二人を目指していたんですがねぇ(遠い目)

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